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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3605号 判決 1968年6月24日

株式会社百十四銀行

理由

原告主張の請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。次に、《証拠》を総合すると、原告は、従来、個人で大陽鉄工所なる商号を用いて建築業を営んでいたが、その後、その営業規模が大きくなつたので、これを改組し、昭和三九年四月、資本金五〇〇万円の、建築業を目的とする株式会社大陽鉄工所を設立し、原告がその代表取締役に就任したこと(原告が右訴外会社の代表取締役に就任したことは、原告と被告大阪トヨタ自動車との間において争いがない)が認められ、他にこれを動かすに足りる証拠はない。また《証拠》を総合すると、右訴外会社は、設立後約一年間は、その経営が順調で、年間の売上高は約二億五〇〇〇万円、利益率は大体売上高の五ないし八パーセントであつたが、昭和四〇年後半から建築業界が一般に不況となつて、倒産会社も多くみられるようになり、これに伴い建築原材料商が建築業者に対する材料販売を警戒しはじめたこと、そして、訴外大陽鉄工所が従前から取引していた原材料商も、同訴外会社に対し、充分な量の建築材料を供給しないようになつたため訴外会社は受注工事に支障を生ずるに至つた。

そこで訴外会社は他の原材料販売先を見つけて必要な材料の供給を受け、おくれた受注工事を工期までに間に合わせるため、昼夜二交代で工事を進めたり、あるいは工事の一部を第三者に請け負わせたりしたこと、そのために昭和四〇年八月、九月において工事完成のために余分な経費がかさみ、通常の月よりも多くの手形を振り出したこと、同訴外会社の業績はその後も思わしくなく、そのため、右八月および九月に振り出した手形の満期が到来する同年一二月から翌昭和四一年一月にかけて、右手形の支払資金の窮乏が予想されたこと、そこで、原告は、訴外近畿相互銀行に対して、昭和四〇年一二月上旬までに金二〇〇〇万円を借り入れるよう交渉していたが、そのころ原告の友人の勧めにより、訴外興紀相互銀行から昭和四一年一月二〇日ごろまでに金三〇〇〇万円を借り入れる方針に切りかえたこと、そして前記振出にかかる手形のうち昭和四〇年一二月に満期の到来した分は、訴外会社に対する大口債権者の援助により、これを決済したが、翌昭和四一年一月に至つて、予定していた前記訴外興紀相互銀行からの借り入れは、訴外大陽鉄工所の担保不足のため、これを得ることができず、そのため右借入資金によつて同月中に満期の到来した手形を決済すべく計画していた訴外会社の資金繰り計画は大きく狂い、ここにたちまち運転資金に窮するに至つたこと(資金繰りに窮したことは、原告と被告大阪トヨタ自動車との間において争いがない。)がそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。次に、《証拠》を総合すると、昭和四一年一月当時の訴外会社に対する債権者数は約六〇名で、債務総額は約一億三千万円であつたこと、しかして同訴外会社は、前記のとおり、同月中に満期の到来する手形の決済をなし得る見込がなかつたので、同月下旬ごろ訴外会社は、大口債権者らと協議した結果、大口債権(債権額約八〇〇〇万円)についてはその支払を同年六月ごろまで猶予してもらい、また小口債権(債権額約四〇〇〇万円)については、その支払を同年四月以降同年六月ごろまで猶予してもらうこと、そこで、訴外会社は、すでに振り出していた旧手形を債権者から回収し、代りに新手形を振り出すことなどを骨子とする訴外会社の再建案がまとまり、これに従つて、訴外会社は、そのころから同年二月中旬ごろまでの間他の債権者に対しても右再建案を了承してもらい、結局、総債権者のうち約五〇名がこれを了承し、同月中旬ごろまでに右手形書替の手続が終つたことを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そこで、訴外会社と被告大阪トヨタとの間に、原告主張の如き債務の支払猶予の約定が成立したかどうかについて判断するのに、《証拠》を総合すると次の事実が認められる。即ち、かねて、被告大阪トヨタ自動車は訴外大陽鉄工所に対して自動車を販売し、同訴外会社はその代金支払のために、満期を昭和四一年一月二六日、額面金額を金三〇、八〇〇円、支払場所を訴外株式会社三和銀行守口支店とする約束手形一通および満期を同年二月二六日、その他の要件は右手形と同一の本件手形一通等を同被告に対し振り出していたが、前記のとおり訴外会社は同年一月に至つて、同月中に満期が到来する手形を決済することができなかつたところから、同被告に対しても、同月二六日に満期が到来する前記手形につき、不渡処分を撤回するよう申し入れ、同被告も不承不承ながらこれを受け入れ、右手形について不渡撤回の手続をとつた。ついで訴外会社は、同月下旬から同年二月中旬ごろにかけて、同被告に対し、同訴外会社は現在再建中であるから、同年二月二六日に満期が到来する本件手形についても期限の猶予を与えてくれるようたびたび申し入れ、これに対し、同被告は、前記不渡を撤回した手形の書替手形を早く振り出すよう催促すると共に、右再建案の内容を問いただしていたが、訴外会社は、これに対し満足な回答をしないまま本件手形の満期である同年二月二六日を迎えるに至つた。そして同日、訴外会社の代理人である同会社従業員訴外山本允久は、同被告の代理人である同被告会社管理課課員訴外岡崎嘉文を訪れ、本件手形を即時訴外会社に返還すべきこと、もし、同被告において本件手形を他に裏書していたときは、これが手形交換所に持ち出されて不渡処分にならないよう配慮すべきこと、その代り訴外会社は同被告に対し、本件手形と、満期を同年一月二六日とする前期手形の金額の合計額金六一、六〇〇円と同一の金額、満期を同年六月一六日とする約束手形一通を交付する旨を申し出たが、訴外岡崎は、一たんはこれを拒絶した。しかし右訴外会社山本のたつての懇願に対し、訴外岡崎は、本件手形はすでに同被告から訴外トヨタ自販に裏書されているのみならず、当日は土曜日でもあつたのでその回収は時間的に不可能であつたところから、本件手形が手形交換所において呈示されても、不渡処分にならないよう努力をなす旨返答して右申出を了承した。以上の事実を認めることができ、証人山本允久の証言および原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は証人岡崎嘉文の証言に照らし、これを信用することができない。右事実によれば、訴外会社と被告大阪トヨタ自動車との間において、昭和四一年二月二六日、訴外会社が、金額を六一、六〇〇円、満期を昭和四一年六月一六日とする新手形を同被告に交付し、同被告は、本件手形が大阪手形交換所において呈示されても、これが不渡処分になるのを防止してこれを訴外会社に返還する旨の約定が成立したものと認めるのが相当である。

次に、本件手形がすでに同被告から訴外トヨタ自販、ついで被告銀行名古屋支店に裏書きされその満期に同支店から被告銀行大阪支店を通じて大阪手形交換所に交換のため持ち出され呈示されたことは原告と被告大阪トヨタ自動車との間において争いがなく、原告と被告銀行との間においても、《証拠》を総合すると右事実を認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。さらに、訴外大陽鉄工所が、本件手形を決済することができなかつたため、同年三月二日大阪手形交換所において警戒報告を受けたことは、原告と被告銀行との間において争がなく、原告と被告大阪トヨタ自動車との間においても、《証拠》を総合すると、右事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。また、《証拠》を総合すると、前記のとおり訴外会社に対する警戒報告がなされるや、そのことを知つた興信所などが、これを報じたため、訴外会社に対する一般債権者もこれを知るに至つたこと、そのため訴外会社の信用は、一挙に地に落ち、前記支払猶予の約定に基き、一般債権者らが訴外会社から振出を受けた新手形は、これを金融機関において割引を受けることが不可能となり、また、債権者らにおいて、すでに割引を受けていた新手形については、満期未到来にもかかわらず債権者らが金融機関から買戻を迫られるに至つたこと、そこで不安を感じた債権者らは、訴外会社に押しかけて、右買戻資金の支払を要求するに至り、ここに及んで訴外会社に対する前記支払猶予に関する約定は、全く履行されなくなるに至つたこと、しかし、訴外会社には右支払に応じ得る資金の持合わせはなく、また、もはや、訴外会社の再建に協力しようとする債権者もなく、ついに訴外会社の再建計画は崩壊し、営業継続の見込みは全く断たれたこと、かくて、訴外会社は、そのころ倒産するに至つたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、右倒産が被告らの過失に基くものであるかどうかについて判断する。まず、被告大阪トヨタ自動車の過失の有無についてみよう。証人岡崎嘉文、同佐上輝男の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。即ち、昭和四一年二月二六日、訴外会社と被告大阪トヨタ自動車との間に本件手形に関し、前記約定が成立するや、同被告の従業員である前記訴外岡崎嘉文は直ちに同被告の従業員北田某をして、訴外トヨタ自動車に対し、電話で、本件手形が手形交換所に持ち出されても、不渡処分にならないよう撤回された旨連絡せしめた。ついで、右連絡を受けた訴外トヨタ自販は、翌々日の同月二八日(月曜日)に、被告銀行名古屋支店に右の次第を伝え、同支店は同日中、これを、本件手形の持出銀行である被告銀行大阪支店に連絡した。一方本件手形の支払銀行である訴外三和銀行守口支店から、本件手形が交換に持ち出されている旨の連絡を受けた訴外会社は、右同日、被告大阪トヨタ自動車に対し、本件手形が前記約旨に反して、大阪手形交換所に持ち出されている旨を伝え、その不履行をなじつた。そこで同被告の従業員である前記訴外岡崎は、直ちに被告銀行大阪支店に対し、本件手形につき、同被告銀行名古屋支店から不渡撤回の依頼があるかどうかを問い合わせ、これに対し、同被告銀行大阪支店の訴外佐伯浩は、右二八日に右撤回依頼の連絡があつた旨を返答した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。右事実からすれば、被告大阪トヨタ自動車としては、訴外大陽鉄工所との間の前記約旨に従い、同被告として、本件手形の不渡処分防止のため取り得るかぎりの手段を講じたというべく、特に右約定の成立の日が、本件手形の満期であつて、かつ土曜日であり、時間的な余裕が少なかつたことを考慮するならば、結局、本件手形が前記のように交換に持ち出され、そのため訴外大陽鉄工所が警戒報告を受け、その結果、倒産するに至つたとしても、それは、被告大阪トヨタ自動車の所為によるものということはできないから、同被告は、訴外会社の倒産につき、なんら過失責任を負うべきいわれはない。従つて、同被告について、他に、右倒産につき過失があるとの立証もない以上、その余の点について判断するまでもなく、原告の同被告に対する不法行為上の請求は失当であるといわざるを得ない。

次に、被告銀行の過失の有無について判断するのに、まず、被告銀行が本件手形につき、大阪手形交換所に対し不渡届を出したことは、原告と被告銀行との間において争いがなく、次いで警戒報告が出されたことは前認定の通りである。次に右の事実と、《証拠》と証人小林恭行、同佐伯浩の各証言を総合すると、本件手形は、昭和四一年二月二八日、その支払銀行である訴外三和銀行守口支店から預金不足の理由で、被告銀行に返却されたこと、同日午後被告銀行大阪支店は、同銀行名古屋支店から、本件手形につき、買戻し済み不渡撤回依頼の通知を受けたこと、しかし支店内部の連絡が悪くて、担当者にその旨が伝達されず、そのため、被告銀行大阪支店は、翌三月一日、本件手形につき大阪手形交換所に対し、前認定の通り不渡届を出したこと、そこで同交換所は翌三月二日前認定の警戒報告をしたことがそれぞれ認められ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。ところで、警戒報告とは、大阪手形交換所規則によれば、手形が手形交換所を経由して支払銀行に持ち帰られた場合に、支払銀行が預金不足等の理由でその支払に応じられないときは、右交換呈示日の翌営業日の午前九時までに手形交換所に不渡届を提出すると共に、右手形を持出銀行に返却し、持出銀行は交換呈示日の翌々営業日の午前九時までに手形交換所に不渡届を出し、手形交換所は右双方の銀行からの不渡届により、過去に当該手形の振出人が、交換手形の不渡により、警戒報告に掲載されたか、あるいは取引拒絶処分を受けたことがあるかどうかを調査し、その事実がない場合において、当該手形の交換呈示日から数えて第四営業日に、取引所の所定の用紙に、右手形の振出人、金額等を記載して交換所加盟金融機関に配布されるのが警戒報告といわれるものであつて、支払、持込両銀行の不渡届がそろわないかぎり警戒報告に掲載されることはないものであることが証人福井正次の証言によつて認められる。およそ、銀行業者は、その業務の遂行に当つては、細心の注意を払うべく、みだりにその利用者、就中、商人の経済的信用を失墜せしめることのないよう尽力すべき一般的な注意義務があることは敢て屡説をまたないところであるから、銀行が、取扱い手形について手形交換所に対し不渡届を提出するには、不渡事由の存在を調査確認すべき義務のあることは勿論である。しかるに被告銀行大阪支店は前認定のように同銀行名古屋支店から、本件手形につき、買戻し済み不渡撤回の依頼を受けていたのであるから、不渡届をすべきでないのに拘らず前記のとおり、被告銀行大阪支店は、内部行員間の連絡不十分のため右不渡撤回の依頼を看過し、漫然本件手形は不渡りであるとして、その旨を大阪手形交換所に届け出で、そのために、前認定のように、訴外大陽鉄工所をして警戒報告を受けせしめ、ひいてはこれを倒産するに至らしたのであるから、右訴外会社の倒産は、被告銀行の過失に基くものといわざるを得ない。従つて被告銀行は過失による不法行為上の責任を負わなければならないものである。

しかしながら、民法第四一六条によれば、債務不履行に基く損害賠償に際し、その損害の範囲は、通常生ずべき損害を限度とするのを原則とし、特別の事情によつて生じた損害については、当事者が債務不履行の当時、右事情を予見し得た時に限つてこれを請求し得るのであり、右法条は不法行為による損害賠償請求についても類推適用するのが相当である。しかして、特別事情による不法行為上の損害を請求する者は、不法行為当時、加害者が、右特別事情を予見し、またはこれを予見し得たことを主張立証することが必要であると解すべきであるところ、訴外会社の倒産が、いわゆる特別事情に該当するか否かについて考えてみるのに、証人小林恭行、同佐伯浩、同福井正次の各証言を総合すると、手形交換所の警戒報告なるものは手形交換所加盟の金融機関のみに通知され、部外者には公表されることのないものであること、警戒報告は、それに掲載された者が交換手形の不渡を出したので、各金融機関に警戒させるためになされるものであるが、しかし、警戒報告は取引拒絶処分ではないので、一般には金融機関との当座預金取引及び貸付取引等には何ら影響がないこと、なお、大阪手形交換所における一日の警戒報告は平均二五件ないし三〇件あるが、このうち、二ないし三件が銀行錯誤等の信用に関しない事由で取り消されていることがそれぞれ認められる。従つて、訴外会社に対する本件警戒報告は、被告銀行の過失によつてなされたものであるけれども、右警戒報告は外部に漏洩されないものであるから、訴外会社に対する一般債権者がこれを知るに由ないものであり、かつ、右警戒報告がなされても、銀行取引には影響がないものであるから、この警戒報告がなされても特に他に原因のない限り、これがため訴外会社が倒産するに至るものではないと認定するのが相当である。しかるに、本件では、訴外会社の経営がすでに判示したとおり、不振であつたところから、同会社に対する警戒報告が、他に漏洩すると、これを聞きつけた債権者が不安を感じて、訴外会社に取立に殺到したため、訴外会社が倒産するに至つたものであつて、右倒産は、手形交換所のなした警戒報告によつて通常生ずべき結果とはとうていいうことができない。従つて、訴外会社の本件倒産は前記法条にいわゆる特別の事情に該ると解するのが相当である。しかるに、原告は、被告銀行が、右特別事情をその不法行為当時、予見し、またはこれを予見し得べかりしものであつたことについてはなんら主張立証するところがない。されば、その余の点について判断するまでもなく、原告の同被告に対する不法行為上の請求もまた失当である。

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